EV電池リサイクルの中核をなすのが、使用済みリチウムイオン電池から有価金属を取り出す製錬技術です。本ページでは、放電・解体・破砕といった前処理から中間原料「ブラックマス」の生成、そして乾式製錬・湿式製錬という二大プロセスの仕組みと特徴、ダイレクトリサイクルなど次世代技術の開発動向までを解説します。

リチウムイオン電池リサイクルの全体プロセス

リチウムイオン電池のリサイクルは、大きく「前処理」と「製錬(金属回収)」の二段階で構成されます。前処理では電池パックを安全に無害化・分解して金属回収に適した中間原料に変え、製錬工程ではそこからリチウム・コバルト・ニッケルなどのレアメタル回収を行います。プロセス全体を貫く目標は、回収率の最大化・純度の確保・コストと環境負荷の最小化の三立です。

欧州電池規則では、リサイクル工程の効率と金属別の回収率に数値目標が課されており、2027年末までにコバルト・ニッケル・銅で90%、リチウムで50%、2031年末までにそれぞれ95%、80%という高い水準が求められます。技術の選択は、もはや事業者の任意ではなく規制適合の問題になりつつあるのです。

プロセス選択にあたっては、原料の性状も重要な変数です。同じリチウムイオン電池でも、車載用パックは大型で解体に手間がかかる一方、化学系が比較的揃っており大量処理に向きます。これに対し、家電や電動工具由来の小型電池は多品種混合で選別コストが高くなります。また、電池工場から出る工程スクラップは組成が既知で品位も高く、最も扱いやすい原料です。現在の商業プラントの多くが工程スクラップを主原料として立ち上がり、退役EV電池の本格流入に備えて処理能力を段階的に拡張するという二段構えを取っているのは、この原料特性の違いによるものです。

また、安全・環境面の管理もプロセス設計の前提条件です。破砕工程では電解液由来の有機溶剤やフッ素化合物への対策、集塵・排ガス処理が必要となり、湿式工程では酸・アルカリ廃液の中和処理と排水基準の遵守が求められます。これらの環境対策コストは処理原価の無視できない部分を占めるため、環境装置を既に備えた既存の製錬所・廃棄物処理施設を活用できる事業者は、新設プラントに比べてコスト面で優位に立ちやすい構造があります。

1 放電・失活 残留電荷を除去し発火リスクを抑制
2 解体 パック→モジュール→セルへ分解
3 破砕・選別 ブラックマスと銅・アルミ等を分離
4 製錬 乾式・湿式でレアメタル回収
5 電池材料化 硫酸ニッケル・炭酸リチウム等へ精製

前処理──放電・解体・破砕とブラックマス

前処理の最初の関門は安全対策です。使用済みEVバッテリーは高電圧・高エネルギーの危険物であり、残留電荷を放電させるか、塩水浸漬・熱処理などで失活させてから解体します。パックからモジュール、セルへの解体は現在も人手に頼る部分が多く、車種ごとに構造が異なることが自動化のボトルネックになっています。ロボットによる自動解体や、解体を前提とした電池設計(Design for Recycling)は業界共通の開発テーマです。

解体後のセルは破砕機で細かく砕かれ、篩分け・磁力選別・風力選別・比重選別などを経て、銅箔・アルミ箔・セパレータ・筐体材と、正負極の活物質を主成分とする黒色の粉末に分離されます。この粉末がブラックマスと呼ばれる中間原料で、リチウム・コバルト・ニッケル・マンガン・黒鉛が濃縮されています。ブラックマスは国際的に取引される商品となっており、その品位(金属含有率)が価格を決定します。近年はブラックマスの海外流出が資源安全保障上の論点となっており、詳しくはブログ記事「ブラックマス争奪戦と輸出規制の行方」で取り上げています。

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乾式製錬(パイロメタラジー)の仕組みと特徴

乾式製錬は、電池やブラックマスを高温の炉で溶融し、金属を合金として回収する方法です。銅製錬・ニッケル製錬の既存インフラを活用できるため、大量処理に向き、電池の形状や化学系のばらつきに対して頑健であることが最大の強みです。溶融によりコバルト・ニッケル・銅は合金(マット)として回収され、その後の湿式精製工程で個別の金属に分離されます。

一方で弱点も明確です。リチウムとアルミニウムはスラグ(溶融残渣)側に移行しやすく、スラグからのリチウム回収には追加コストがかかります。また高温処理のためエネルギー消費とCO2排出が大きく、電解液や黒鉛は燃焼して失われます。欧州電池規則が求めるリチウム回収率(2031年末までに80%)を乾式単独で達成するのは難しく、世界的には「乾式+湿式のハイブリッド」または「湿式主体」への移行が進んでいます。国内では非鉄製錬大手が既存炉を活用した処理を行いつつ、リチウム回収を可能にする湿式工程の増設を進めているのが現状です。

湿式製錬(ハイドロメタラジー)の仕組みと特徴

湿式製錬は、ブラックマスを硫酸などの水溶液で浸出(リーチング)し、溶媒抽出やイオン交換、晶析といった化学プロセスで金属を一つずつ分離・精製する方法です。コバルト・ニッケルに加えてリチウムも高い回収率で取り出せること、電池グレードの高純度な硫酸ニッケル・硫酸コバルト・炭酸リチウム(または水酸化リチウム)として直接製品化できることが強みで、「電池から電池へ(バッテリー・トゥ・バッテリー)」の資源循環を実現する本命技術と位置づけられています。

課題は、薬剤コストと廃液処理、そして化学系(NCM、NCA、LFPなど)ごとにプロセス条件の最適化が必要な点です。特に近年シェアを急拡大しているLFP(リン酸鉄リチウム)電池は、コバルト・ニッケルを含まないため回収できる金属価値が低く、リチウムと黒鉛をいかに安価に回収するかが採算の分かれ目となります。各社は選択的リチウム浸出や機械化学的処理など、LFP対応の低コストプロセス開発を競っています。

環境性能の評価も、プロセス選択の重要な判断軸になっています。欧州電池規則のCFP規制により、リサイクル材にも製造時のCO2排出量が問われるため、再生可能エネルギー由来電力の利用や薬剤のクローズドループ化など、リサイクル工程自体の脱炭素化が競争力に直結し始めました。ライフサイクルアセスメント(LCA)の観点では、湿式製錬による再生金属は天然資源由来に比べてCO2排出を大幅に削減できるとする研究が多く、リサイクル材の環境価値を定量的に示すことが、材料の販売価格にプレミアムを乗せる根拠となっています。

乾式製錬と湿式製錬の比較(概観)
Ni・Co回収率
(乾式)
〜95%
Ni・Co回収率
(湿式)
95%超
Li回収率
(乾式)
低い
Li回収率
(湿式)
80%超も
※プロセス構成・原料品位により大きく変動します。公開技術情報をもとにした概観です。
項目 乾式製錬(パイロ) 湿式製錬(ハイドロ)
原理 高温溶融で合金回収 酸浸出+溶媒抽出等で個別分離
リチウム回収 スラグ側へ移行し回収困難 炭酸リチウム等として回収可能
処理柔軟性 形状・化学系のばらつきに強い 前処理・化学系ごとの最適化が必要
環境負荷 高エネルギー消費・CO2排出大 廃液処理が課題だがCO2は相対的に小
規制適合 単独ではLi目標達成が困難 欧州電池規則の回収率目標に適合しやすい

ダイレクトリサイクルなど次世代技術

製錬を経ずに正極材の結晶構造を保ったまま修復・再生するダイレクトリサイクルは、エネルギー消費と工程数を大幅に削減できる可能性を持つ次世代技術です。劣化した正極活物質にリチウムを補充(リリチエーション)して性能を回復させるアプローチで、米国の国立研究所や国内外のスタートアップが実証を進めています。実用化には、回収した活物質の品質均一性の確保や、電池の化学系が世代交代した際に旧世代材料の再生品需要が残るのかという「技術の陳腐化リスク」への対応が課題とされています。

このほか、水を使わないドライ選別によるブラックマス高品位化、バイオリーチング(微生物による金属浸出)、超臨界流体を用いた電解液回収、黒鉛の再生利用など、多様な要素技術の研究開発が進行中です。将来的に全固体電池が普及すれば、硫化物系固体電解質への対応など、リサイクルプロセス自体の再設計も必要になります。EV電池リサイクルの技術開発は、電池技術の進化と並走し続ける長期戦になると言えるでしょう。

技術開発の担い手としては、NEDOのプロジェクトを軸に、大学・研究機関と製錬会社・電池メーカーの共同研究が進み、放電・失活の安全化技術、選別の高度化、リチウム直接回収などで成果が積み上がっています。海外では欧州の大手化学・製錬企業や北米のスタートアップが大型プラントの建設を進めており、プロセス技術のライセンスビジネスも動き始めました。リサイクル技術は一国で閉じるものではなく、国際的な技術移転と競争の中で磨かれていく段階に入ったと言えます。

技術面の要点を整理すると、(1)前処理の質がブラックマスの品位と後工程の効率を決める、(2)乾式は大量処理と頑健性、湿式はリチウム回収と電池グレード再生に強みがある、(3)欧州電池規則の回収率目標により湿式主体への移行が世界的趨勢である、(4)LFP・全固体電池への対応とダイレクトリサイクルが次の競争軸になる、という四点に集約されます。リサイクル技術の選択は、原料構成・規制・金属相場の三変数を踏まえた経営判断そのものと言えるでしょう。